TOP > プロジェクト3 北米体験調査
PROJECT03
北米体験調査
SUBARU のデザイン部で数年前から実施している「北米体験調査」。アメリカへ出張してお客様の行動を追体験するこの取り組みは、UX(User Experience)デザインに取り組む同部において、今や欠かせないものとなっている。企画・推進した元カリフォルニア駐在デザイナーと、実際に調査に参加したデザイナー2 名に詳しい話を聞いた。
商品企画本部デザイン部
S.I
2016~2023年にSRDカリフォルニアのデザインスタジオに駐在し、本プロジェクトを企画推進。Transportation Design卒、2011年中途入社。
DESB 商品企画本部デザイン部
S.M
インテリアデザインの量産・先行開発を担当。2023年6月に北米体験調査に参加した。美術工芸学部デザイン学科卒、2016年入社。
商品企画本部 デザイン部CMFデザイン課 カラー2担当
M.H
内装の表面デザインを担当。2023年4月に北米体験調査に参加した。システムデザイン工学部デザイン工学科卒、2021年入社。
米国駐在で知ったSUBARUの魅力を、みんなにも体感してほしい。
SUBARUの世界販売台数の約7割を占めるのが、アメリカを中心とした北米である。そんなメイン市場で調査・研究開発を行う拠点が、米ロサンゼルスのSRD (Subaru Research & Development)カリフォルニアだ。「北米体験調査」の発起人となるS.Iがこの地へ赴任したのは2016年。現地で市場調査を行い、そこで得た気づきをデザインに反映することが目的のひとつだった。
調査にあたって意識したのは、お客様を徹底的に理解すること。そこでインタビューを実施するとともに、ふだんの買い物や週末のアウトドアなど、ありとあらゆる行動を実際に体験してみることに。すると、たくさんの驚くべき発見があったという。
「一部のお客様にとってSUBARU車は、“愛車”どころか“家族”なんです。自分のクルマを『スービー』(Subie)と呼んで可愛がる方も多い。SUBARUファンのコミュニティがある点も異質です。車種単位のコミュニティは他の自動車メーカーにもありますが、会社単位というのはかなり珍しい。ここまでお客様から深く愛されるブランドなのかと驚きました」。
自然環境やデザインの見え方も、日米では大きく異なるという。
「空の色、日差し、湿度、空気。何もかもが違うから、必然的に色の見え方も変わってきます。例えばグリーンのボディ色は、日本で見るよりもずっと様になる。無骨なデザインも、大型車がバンバン走るアメリカだと、よりかっこよく見える。知れば知るほどSUBARUという会社を、自分たちがつくっているクルマを、魅力的に感じるようになっていったんです」。
こうした発見を日本のデザイン部に共有することが、駐在デザイナーとしての役目である。最初は紙面で、のちに動画などでも伝えようとした。ただ、どんなに工夫しても、やはり生の体験には敵わない。“百見は一験にしかず”である。そこで出張者を募り、自分と同じ体験を提供することに。これが北米体験調査の始まりである。
「SUBARUのお客様が行く場所、そこで取る行動を追体験できるように、さまざまなプランを整備しました。買い物をするならこのショッピングセンター、オフロードを走るならこの国立公園というふうに。ユーザーコミュニティとのコネクションをつくって、お客様に密着できる場も用意しました。もはやツアーコンダクターですね(笑)」。
こうして日本のデザイン部から続々と出張者が訪れるようになり、体験メニューも拡充されていった。2023年にS.Iは日本へ帰国したが、この仕組みは後任に引き継がれ現在に至っている。
アメリカのアウトドアは、命の危険と隣り合わせ。
デザイン部において、この体験調査はなくてはならないものになっている。参加した経緯はさまざまだが、出張者は一様に得難い経験だったと顔をほころばせる。インテリアデザインを担当するS.Mもそのひとりだ。
「もともと行きたいですと伝えていました。というのも、デザインを提案する際、『たぶん、アメリカのお客様に喜んでいただけると思います』というように、毎回『たぶん』と濁していたんです。日本のマーケットしか知らなかったから、想像で話すしかなくて。実際はどうなんだろうと、ずっと気になっていました。それで上司から、『S.Mのイメージするお客様が、実際のお客様とどう違うか見てきなよ』と送り出されたわけです」。
2023年6月、S.Mはアメリカ中西部ミシガン州で開催されたお客様感謝祭に運営側として参加した。2日間にわたって肉料理を振る舞い、焚き火を囲んで交流を深めるというイベント。お客様を知る絶好のチャンスである。拙い英語ながら積極的に話しかけ、SUBARU車をどのように使っているか確認した。
「驚いたのは、クルマに積み込む荷物の量です。非常食や防寒具はもちろん、各種ガジェット、ファン、大容量バッテリー、給電のためのソーラーパネルを積んでいる方までいる。荷室はパンパンで、後部座席もぐちゃぐちゃ。大きい荷室を確保しなければならないと痛感しました」。
なぜこんなに大量の荷物を積み込む必要があるのか?その謎もまた、実際に大自然のなかでキャンプをすることで氷解したという。
「アメリカのアウトドアは、『死』がすぐそばにあるからです。今回の出張では、カリフォルニア州のジョシュアツリー国立公園にも行きました。奇岩と砂漠からなる人気のアウトドアスポットですが、とにかく広大で過酷。もしこんな灼熱の荒野に取り残されたら、生きて帰れないかもしれないと肌で感じました。だからみんな、万が一に備えて、命を守るための装備一式を積みっぱなしにしているのだと。お客様の心理や行動が理解できて、考え方が根底から変わりました」。
砂だらけになった経験が、内装デザインのヒントに。
2023年4月に参加したのが、CMF*デザインのチームに所属し、新型車の「シボ」のデザインを担当するM.Hである。シボとは、ダッシュボードなどの内装面に施される表面の微細な模様を指す。
*CMF:Color(色)、Material(素材)、Finish(加工)の頭文字であり、形状デザインと対の関係にある「表面デザイン」のこと。
「新型車の新しいコンセプトを具現化するシボの新柄を、どんな質感・模様にするべきか思案していました。SUBARU のシボは意匠表現だけではなく、機能性も考慮して開発しています。私が担当した新シボ開発時は、お客様が新型車を使用するシーンに近いイメージの群馬の赤城山に行って開発中のシボの見え方・機能性を実体験しながら検証を繰り返してきたのですが、日本だけの検証だけでなく、北米の環境でも検証したいと願っていました。そんな矢先に上司から『実際に北米での車の使い方を体験してくるといい』と声をかけてもらったんです。以前から北米での検証を希望していたので、とてもうれしかったですね」。
M.Hは「クリニック」と呼ばれる新型車の開発工程で実施するユーザー調査に立ち会った後、プラスアルファで体験調査にも参加した。向かった先は、カリフォルニア州のビックベアやクリーブランド国有林。主にオフロード走行を体験するためである。
「北米の起伏に富んだ路面はスリル満点で、まるで冒険をしているかのよう。運転がこんなに楽しいことを初めて知りました。印象的だったのは、オフロードのサラサラできめ細かい砂です。ちょっとした乗り降りや荷物の出し入れですぐに車内が砂だらけになる。日本以上にこんなに汚れるものかと驚きました。また、開発してきた新シボを車に貼り付けてオフロード走行し、見え方や汚れ方を検証することもできました」。
SUBARU車が実際にどのように使われているのかを目の当たりにしたことも、大きな気づきになったという。
「オフロードを走行中、1台のクロストレックが停まっていました。そのまま少し走ると、乗り主と思われるひとりの女性がバードウォッチングをしていたんです。SUBARU車が実際に、自然を愛しているお客様から選ばれているとわかって、すごく感動しました」。
その後もアウトバックやフォレスターなど、SUBARU車を何台も見かけた。M.Hにとって意外だったのは、スポーツカーのWRXも果敢にオフロードを走行していたことだ。
「日本でスポーツカーといえば、ピカピカの車体で都市を颯爽と走っているイメージ。でもここでは泥だらけになりながら走っている。SUBARUのあらゆるモデルが、非日常を体感するクルマとして使われていることがわかりました」。
この体験調査を、デザインに活かす。他部署にも展開する。
SUBARU車はレジャーやスポーツ、ロングツーリングといった非日常的なアクティビティを求める北米のお客様から強い支持をいただいている。その体験価値を高めるUXデザインにおいて、お客様と同じ視点を手に入れられる北米体験調査はおおいに役立つだろう。S.MとM.Hは、この経験を実務に活かしていきたいと抱負を語った。
「日本にいたらわからないSUBARUの魅力を知る機会になりました。教えてくれたのは、SUBARU愛の強いたくさんのお客様です。溢れる想いを真正面から受け止めましたし、改善のアドバイスもいただきました。その想いに応えられるよう、お客様にとって使いやすいかどうかを常に考えながら、量産デザインに向き合っていきたいと思います」。
「本当に得難い経験をさせてもらいました。乾いた風も、強い陽射しも、サラサラの砂も。オフロードの頂上で、ルーフテントの中から見た絶景も。一生忘れないと思います。今回の出張を通して、機能的でどこにでも行けるクルマだからこそ、SUBARU車はお客様に愛されているんだと強く感じました。この強みを大切にしながらデザインに携わっていきたいです」。
数年間にわたって調査をコーディネートしてきたS.Iは言う。
「この調査が、デザインに対する考え方を変えるひとつのきっかけになったら嬉しいです。何より、北米のお客様に会うことで、デザイナー自身がSUBARUというブランドをもっと好きになると思う。私自身がそうでした。現在の参加者はデザイン部のメンバーが中心ですが、今後は組織の枠を越えて展開していきたいと考えています」。
北米のお客様は本質的。だからクルマづくりがおもしろい。
SUBARUは乗ってもらえれば良さが分かる…。日本ではそんな声を耳にすることもあります。でもアメリカで実際に使われている SUBARU 車を見ると、各モデルの色や形にはすべて意味があるとひと目でわかります。手前味噌ですが、それがとても魅力的に見えるんです。アメリカでは人からどう見られるかではなく、自分がどう生きたいか、いわゆる「見た目がかっこいいだけ」のクルマより、「安心してどこにでも行けそう」「機能的で使いやすい」といった価値観でクルマを選ぶ人が多い。そんな本質を重視するお客様に向けてクルマをデザインするのは、とてもおもしろいです。
お客様と焚き火を囲んで語り合う。そんな経験のできる会社、そうそうない。
アメリカでお客様と一緒に焚き火をしながら、自社の商品について語り合う。そんな体験ができる会社、なかなかないと思います。もちろん、誰もが経験できることではなく、たまたま私が恵まれていただけかもしれません。ただ、メイン市場の北米のお客様を深く理解し、体験価値を創出しようとするSUBARUだからこそ、こうした貴重な機会があるとも言えます。少なくとも、北米出張のチャンスは比較的多い会社なので、ひとつのモチベーションになると思います。
お客様を中心に考えた、機能性重視のデザインに挑戦できる会社。
SUBARUに入社して良かったのは、表層的ではないデザイン業務に取り組めていることです。例えば、物性評価を行ったり、汚れの落としやすさを技術的な観点で検証したりなど、お客様にとっての使いやすさを日々追求しています。もし、自分の感覚で見た目を整えるだけの仕事だったら、これほどのやりがいは感じていなかったと思います。今回のアメリカ出張でも、実際に使いやすさが求められていることを確認できました。この会社を選んで良かったと改めて思いました。