TOP > プロジェクト2 製造業DX
PROJECT02
製造業DX
高精度AIモデルを活用した品質保証体制が、カムシャフトの量産ラインで本格稼働――。2022年2月、SUBARUが発表した製造業DX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みは、自動車業界を中心に大きな注目を集めた。「これからの品質保証のあり方が変わる」。社内・社外を問わず、そんな期待感が一挙に高まったのだ。いったいどんなイノベーションなのか? 中核メンバー2名に話を聞いた。
電動車両生産技術部 主査(DX)兼 生産技術統括部 主査(DX企画)
S.O
本プロジェクトの責任者として、企画立案からAIモデル構築、量産運用、他部品・他工場への水平展開までを主導。DX人材の育成など組織づくりにも取り組む。理工学研究科物理学専攻卒、2001年入社。
電動車両生産技術部 主査(DX)
S.Y
生産技術部で生産ラインの立ち上げ・改善に携わってきた。本プロジェクトにおいては他部品・他工場への取組の拡大を担当。工学部機械工学科卒、2011年入社。
どうすれば、理想の品質保証体制が築けるか?
「きっかけは、経営陣からの何気ないひと言でした。『AIやIoTを使って、製造現場でも何か新しいことに挑戦してほしい』と言われたんです」。そう話すのは、このプロジェクトの発起人であるS.Oだ。生産技術ひと筋20年。数々の生産ラインを立ち上げるとともに、SUBARU車の品質向上に取り組みつづけてきた。このときも自然と、「最新テクノロジーを導入して、品質改革につなげられないか?」という方向に意識が向いたという。狙いを定めたのは、各工程で作業を終えた後に実施していた2段構えの検査だ。
「そもそも全数を検査するのが理想ですが、膨大な時間やコストがかかってしまうため現実的ではありません。そこで従来は、全数に対して行う目視検査と、定期的にサンプルを抜き出し、精密に測定する抜き取り検査を組み合わせていました。ただ、目視検査については、どうしても見逃す可能性がある。抜き取り検査についても、抜き取らなかったものの中に不良品が潜んでいる可能性は0とは言い切れない。実は以前から、このような検査の仕組みに課題を感じていました」。
では、どうすれば品質を100%保証できるか。S.Oが構想した手法は、作業中の生産設備から得られる各種データをAI分析し、全数をリアルタイムに品質を予測して良否判定を行うというもの。これなら全数精密に検査するようなものだから、品質保証を格上げできる。しかも、「製造」と「評価」を同時に完了できるため、仮に不良品が見つかったとしても、即座に回収や対応ができる。将来的に検査を撤廃すれば、生産性も大幅に向上させられる。当時、この手法は自動車業界で前例がなかった。越えるべきハードルは高いが、得られるメリットはとてつもなく大きいく、従来のモノづくりの在り方を変える可能性を秘めていた。上層部を説得し、S.Oはプロジェクトを立ち上げた。最初に選んだターゲットは、カムシャフトというエンジン部品の研削加工ラインだった。
飛び道具はない。全員で少しずつ、価値を高めればいい。
プロジェクトにおけるひとつの山場が品質を判定するAIモデルの構築だ。AIモデルの構築とは、「加工中の生産設備から取得した主軸モーターの電流値や設備に設置した振動センサーなどのセンシングデータ」と、「加工後のカムシャフトを測定した品質データ」を紐づけ、機械学習により法則性を見出すことである。このモデルの精度が高ければ、加工中の各種センシングデータを入力するだけで、どんな形状・性状のカムシャフトができあがるかを「予測」できるのだ。その予測値が品質基準の範囲内かどうかで良否判定を行うという算段である。S.Oは当初、これらのデータ一式を渡せば、あとはITベンダーがAI分析してくれるだろうと考えていた。しかし、すぐに見通しの甘さを痛感したという。
「数社に依頼しましたが、ことごとく暗礁に乗り上げてしまって。データを取るのはメーカー。分析するのはITベンダー。少なくともこの分業体制を取りつづける限り、壁は越えられないことがわかりました」。
ITベンダーF社と出会ったのは、プロジェクトに停滞感が漂いつつあった2018年。これまでの失敗を踏まえてS.Oがまず取り組んだのは、「共創」の基本姿勢をすり合わせることだ。膝を突き合わせて議論しながら、互いの得意領域を学ぶこと、うまく融合させていくことを確認し合った。
「私たちも専門外のAIについて学びました。なぜAIがその答えを出したのか?予測精度を上げるためにはどうしたら良いのだろうか?そんな疑問に対して、F社とワンチームになり、互いの専門知識を持ち寄りながらひたすらやり込みました。そんな中から、単にデータをたくさん集めればいいわけではなく、品質に影響を及ぼすセンシングデータをエンジニア視点で見極めていくことが最も重要だということに気が付きました。
これが突破口になり、改めてエンジニア視点でセンシングデータを追加や見直すことで精度良く良品と不良品を判別できる、高精度なAIモデルを構築することに成功した。
2019年12月、実証実験を開始するタイミングで発表したプレスリリースは、社内外で大きな反響を呼んだ。数多くの自動車専門誌や工業系新聞に取り上げられ、S.Oのもとには社内外から期待の声が寄せられた。
「それまで細々と進めていたので、私自身、実はこのプロジェクトの価値や重要性が見えづらかったんです。だから、ここまで注目を浴びるものかと驚きました。改めてニーズの大きさを知り、価値のあるプロジェクトだと確信しました。その分、プレッシャーも大きくなりましたけどね(笑)」。
手を変え品を変え、ゴールを共有。
実証実験ではさまざまな角度から検証と対策を行った。構築したAIモデルは、実際のところどれだけの精度で加工品質を予測できるのか? どうすれば生産設備の経年劣化や環境変化といった製造現場での運用に適応できるのか? こうした問いと向き合い、課題をひとつずつつぶしていった。カムシャフトにおける量産適用への道筋が見えてくると、2021年4月にはDX専門部署を新設。他部品、他工場への取組み拡大を本格化するためだ。この翌年チームに合流したのが、生産技術部に所属しながら、すぐそばで一連の動きを見てきたS.Yである。
「もともと、なんか凄いことやっているなという印象でした。でもまさか、そのプロジェクトに自分が参画するとは思ってもいませんでした(笑)。IT知識なんてほとんどなかったので、AIについてはゼロから実務ベースで勉強しました」。
AIによる新たな品質保証体制を拡大するにあたり、S.Yはペイント、プレス、バンパーという3つの工程を担当した。業務内容をひとことで言うなら、「カムシャフトの成功事例を参考に、各工程おける品質保証を格上げしていくこと」である。だが、話はそう単純ではなかったという。
「各取り組みにおけるゴールを共有するのに苦労しました。DXという言葉の捉え方が人によって異なりますし、そもそも前例のない取り組みなので。それに、製造現場ごとに置かれている状況も、AIに関する知識レベルも様々です。なので、ゴールを設定してもメンバーの頭の中では若干のズレが生じていました。また、ゴールへの道筋やアプローチに関しても同様です。そこに対しては、とにかく粘り強く会話し、認識を合わせていきました。資料をつくってみたり、こちらの過去の事例を見せたりして。DXといっても、やっていることは意外と地味なんです(笑)。手を変え品を変え説得し続けることで、徐々に目線がそろい、軌道に乗っていきました」。
日本のものづくりに貢献していきたい。
現在、AIによる品質保証体制は、カムシャフトの研削加工ラインにおいてすでに量産運用されている。従来の「人による検査」はまだ一部残してあるが、あくまで「AIによる予測」の精度を確認するために過ぎない。これもいずれなくす方向だ。取組みは道半ばだが、そう遠くない日に全工場へ導入が拡大されるだろう。そのとき、製造過程で発生した不良品が流出するリスクは、限りなくゼロに近づく。品質への思いをS.Yはこう語る。
「AIやIoTで何かをやってみようという話はよく耳にします。このプロジェクトも始めはそうでした。ただ、そこで『品質』にフォーカスしたのが、SUBARUらしい意思決定だったと感じます。そして、みんなが思いをひとつにして走り出したから、成功につながった。私たち生産技術部の役目は、不具合のない『確かなクルマ』を、確実につくり、自信を持って届けること。地味かもしれませんが、それなくしてお客様の笑顔はありません。私が担当する取組み拡大の進捗はまだ3割程度なので、引き続きプロジェクトに全力を注いでいきたいと思います」。
責任者のS.Oは、自社だけでなく、自動車業界、さらには日本のものづくり全体へと、この取り組みが波及することも視野に入れているという。
「製造業ではこれまでずっと、熟練者のカン・コツが品質を支えてきました。目視検査や抜き取り検査もその一例と言えるでしょう。ところが、昨今は少子高齢化によって、熟練者が減少の一途を辿っている。今後、いかにして品質を担保していくべきか、日本の製造業全体が頭を悩ませている状況にあります。今回の取り組みは、それに対するひとつの答えになるものと自負しています。だから、他の会社さんから『話を聞かせてください』というお問い合わせをいただいたときは、なるべく包み隠さず話すようにしているんです。品質や安全性に関しては、競争より共創を優先したほうが、お客様の笑顔につながるので。私たちSUBARUが積極的に発信し、メイド・イン・ジャパンの品質に貢献していけたらうれしいですね」。
IT知識がなくても大丈夫。必要なのは、挑戦心くらい。
製造業DXに携わるにあたって、ITの予備知識は必要ありません。私自身、AIについて勉強したのは40代になってからです。それまでは生産技術ひと筋のキャリア。むしろ、現場で身につけてきたものづくりの知見があったからこそ、AIという「道具」を、品質という「価値」に変えることができたのだと思っています。もうひとつ、プロジェクト成功の要因としては、自由にチャレンジさせてもらえたことも大きいですね。最新テクノロジーを導入するとなると、一般的には「投資対効果はどうなのか?」「そこまでして導入する意義はあるのか?」とリスクに目を向けがちです。その点、この会社はひと味違います。しっかり説明して理解を得られれば、「じゃあやってみよう」「失敗してもやってみる価値があるね」と後押ししてもらえるんです。一度やることが決まれば、周囲も協力してくれます。チャレンジしたいという思いひとつで、びっくりするくらい遠くまで走っていける。そんな会社だと思いますね。
ものづくりのプロだからこそ、DXのおもしろさを実感できる。
近年のトレンドになっているDXですが、携われる場所はITベンダーやコンサルティング会社だけではありません。このプロジェクトのように、実はメーカーでも挑戦するチャンスが豊富にあります。しかも、メーカー社員の立場で取り組むDXは本当におもしろい。データとだけ向き合って分析するのではなく、現場・現物も見ながら、裏側にある理屈まで考えて分析できるからです。それに、DXの成果が、実際に目に見える形で生産ラインや製品に織り込まれるから、達成感も大きいです。メーカーの中でも自動車づくりの現場には、まだまだ合理化や変革の余地がある。DXに挑戦したい人にはとても魅力的なフィールドではないでしょうか。